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ろじかりずむ

好きなんだから仕方ない

袖を結んでハートを隠す

雑感
被害者面とかそういうのではなく、自分の大人気なさが嫌になった、ただそれだけの話です。
誰が悪いとか悪くないとかそういうこというのよくないとかいいとかファンとはかくあるべきとかそういう面倒くさくってくだらなくって気持ち悪いことじゃなくて、ただただ自分の至らなさが全部全部嫌になって呼吸ができないから放り出したってだけで、強いて言うなら全部自分が原因。
正直、今こういうの書いてる自分、本当に気持ち悪いなぁと思いつつ、自らの弱い所に向き合うために、整理するために文にしている。
 昨夜はついついカッとなってムキになって感情のままに文字を打ち込んだ。読み返してみて、整合性のなさと自分の心の狭さに打ちひしがれて我ながらドン引きしてちょっと頭を冷やそうと思って全部から逃げた。
もっと心を豊かに穏やかに生きたいものだ。

だから、私はあの質問をした人を責めるつもりは無いし、むしろムキになってごめんね、気持ちに寄り添えなくてごめんね、って謝りたいんだけど、いかんせん相手は匿名だし、悩める人に対して全くスマートではない返しをしてしまったので、もしかしたらここは見てないかもしれない。見てるはずないよなぁ、私だったら見ない。私のせいで彼のことを嫌いになってないといいな、とは思う。

それでも、私は自分の気持ちを押し殺してまで、好きなひとが不当に批判されることを黙っていられるほど大人ではなかった。どんなに難しいことを並べてみても、いくら「え!?そんなに若いんですか?もっと大人の方だと思ってました!」と言われ嬉しくなってみても、苦い珈琲を砂糖無しで飲めるようになっても、大人になんて一生なれない。
そんな自分のことが凄く凄く嫌いで、変えたくって頑張ってた筈なのに全て過去の私に逆戻りじゃないか、ってひとしきり泣いた後苦笑した。
「何を言われようと私は好き」でいいのにね。

あれはきっと「好き故の苦言」で「好き故での不安」だろう、っていうのはわかるけど、それにガツンと殴られた衝撃っていうのは、真正面から「嫌い!死ね!」って言われるより、よっぽど痛いんだなぁって思った。
花畑で油断してたら鈍器でいきなり頭を殴られたような衝撃。
「かなしい」とか「ふざけんな」じゃなくてただただ心の深いところがずきずき痛んで、被膜を無理矢理剥がされているような気持ちになった。
そして、「好き」という気持ちは時々誰かを傷つけるのだなぁと再認識して、それが怖くて「好き」の発信が怖くなる。
私の「好き」もどこかの誰かを傷つけているのだ。

こんなことなら、やっぱり「好き」を共有し、発信しなければよかった、とも思う。
「すきなひと」の解釈の違いが嫌で嫌で全てシャットアウトしていた頃の私に戻ればいいだけの話だ。
同じ解釈だけ集めて馴れ合って、少しでも異なったら全て切り捨てる、そんな私に。
「彼を好きな人ならもしかして」「私も成長したから変われるかも」なんて、真性ひきこもりメンヘラの癖にへらへらと鍵を開いて扉を開けてしまったからこういうことになるのだ。それ見たことか、だから言ったじゃないか。やはり、私には開けた賑やかな世界は少し不相応で、そこにいる自分に常に違和感を抱きながら、周りに甘えてずるずると生きている。
気づかないふりをしていたけれど、やはり私はインターネット社会に足を踏み入れた齢十一の頃から何も成長していないのだ。

それでも、「好き」だと言う気持ちは、ずっとずっと揺るがない。
何かを「好き」でいることはとてつもなくしんどいしキツいしたまに放り出したくなるけど、何を言われたって嫌いになんてなれないし、私自身を曲げられるのは私だけだ。

だから、例え私の「好き」が誰かを傷つけていたとしても、それ自体をやめることは出来ないし、逆も然りだ。他人に対してどうこう言う資格はないし、出来る限りそういう諍いを減らしながら息を吸うように「好き」と言いたい。
「好き」に溺れて死ねたらどんなに幸せだろうか。

現実から逃げたくて、HDDに残っている過去の歌番組を片っ端から見た。
初めて翔さんをアイドルだと知ったカウントダウンコンサートに偶然映り込む貴方、担当と認識して初めてリアルタイムで見たMUSIC STATIONにLIVE MONSTER、MUSICJAPAN。何故だか涙が止まらなかったKAGUYA。人生で一番キツかった時に聞いて救われたMR.WHITEに希望に満ちたチュムチュム、四銃士。そして、彼が彼自身の力で手に入れたヒカリノシズク。

なんだよ、あの人は「正直ダンスは決して上手くはなく、リズムも走りがち(全てジャニーズの中という狭いところですらの話です。)で本業であるアイドル業が心配」って言ってたけど、歌もダンスも凄く上手くなってるじゃん。曲を重ねるごとにメロディーが綺麗になって、何より顔が憑き物が落ちたように自信に満ちて輝いている。年数を重ねるごとに曲中に投げキッスだったりウインクをする事が増えた。俺を見ろ、って強い眼差しをすることが増えた。これも自信故の変化だろう。
ああ、人ってこんなに成長するんだなって、思い知らされ、また「好き」だと思った。
そうだ、人って変われるんだ。私も逃げてないで変わらなくては。

「ヒカリノシズク」という楽曲が好きだ。曲自体も葛藤を抱える者に背中を押してくれるような前向きな応援歌で素敵なのだけれど、彼が自らを変えたくてグループの力になりたくて書き始めた小説が評価され、映像化され、その主題歌としてNEWSに齎された。小説を書かなければこの曲が生まれることはなかった、彼自身の力で本当に小説をグループ活動に還元した、そんな経緯が事実が暖かくて、勇気付けられて、鼓舞させられる。

「大事なもの守りたいだけ
なのになぜ傷つけてしまうんだろう」

そうだね、私も彼女も結局のところそういうことなのだ。「アイドルでいる彼」を守りたいからこそ、それ以外をしている彼に不安になるのだろうし、私は私で「今の彼自身」が好きで守りたいから、どんな瞬間の彼も不当に批判されると悲しくなる。
それはきっと2人とも揺るがないし、想いはきっと交差する事はない平行線。だから、勝手に傷ついて悲しんでも意味なんてなくて仕方ないことである。

ただ、アイドルの彼は今も十分輝いてるし、それは小説を書いた故、自分を変えようと努力したからだよってことも言いたい。
何も不安に思うことなんてないよ、心配しなくても彼は十分今でもスーパーアイドルだ。
我々の心配なんてきっと彼が見たら笑うことだろう。私達は彼の掌の上で転がされているに過ぎないのだ。
結局のところ、私は彼の作るものが好きだからMVも小説もソロ曲も大好きで、クリエイターとしての彼を何より信頼してるし喉から手が出るほど求めているけれど、もちろんアイドルとしてみんなから愛される彼も好きだ。
アイドルじゃなかったら小説を書こうとは思わなかっただろうし、小説を書かなかったら今のキラキラした彼は居ない。切っても切り離せない二つの顔を私は両方愛したい。

たしかな事など何も無く、ただひたすらに君が好き。
それでいい、それだけでいいのだ。